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断捨離した服、リサイクルプラザへ。

衣替え、もう終わりました?

 

今月に入って、週末ごとにコツコツ進めていた衣替え。

うちは今日、ようやく完了しました〜。

 

この1年間で着なかった服は、

リサイクルプラザへ持って行くことにしました。

・写真左:今回断捨離して手放す服たち。

わたしと息子の分を合わせたら、こ〜んなにありました。

 

・写真中:洋服をひろげて写真撮ってたら、息子がダイブ。

まあ、やりたくなるよね…。

 

・写真右:今日洋服を持っていったのは、

無料で洋服の受け入れ・提供でリサイクルをしている、

エコライフプラザ。

 

・写真左:今回持ち込んだ洋服は、ダンボール3箱ぶん。

台車をお借りして駐車場から館内に運びました。

 

・写真中:平日に仕事をしている身としては、

日曜日も開いてるのがありがたい〜。

開館時間は9時〜17時。定休日は月曜日。

 

・写真右:洋服のリサイクルコーナー。

種類別に分けられて、きちんと整理されてます。

とっても見やすい!

 

・写真左:子ども服コーナーがこちら。

「ベビー服が不足しています」って書かれてありました。

そうだ、今度は息子のベビー服も持ってこよう。

 

・写真中:リサイクル施設って洋服だけ受け入れるところも多いけど、

こちらの施設はバッグや帽子、

靴なども受け入れてくれるみたいね。

 

・写真右:ダンボール3箱分持ち込んで、返却されたのはこの5着。

毛玉や汚れのあるもの、傷んでいるものは受け入れされず返却されるようです。

でも、何十着もあったものが5着に減ったので、すっきり!

こちらは古布ゴミとして出そうと思います。

 

今週は息子の家庭訪問があるので、

家の片づけをするいいチャンス!

どうしても今日中に服の断捨離と衣替えを終わらせたかったの。

 

わたしも、再就職のときにそろえた通勤服が5年めでそろそろ寿命だし、

40代に入って似合うものが変わってきたりで、

ちょこちょこ買い足している分、

昔の服を思い切って手放すことにしました。

 

メルカリやフリマで売ることも考えたけど、

去年1年間メルカリをやって、すごーく手間と時間がかかることがわかり、

フリマは休日1日まるまるつぶれて、夏場に屋外だと日焼けするのも困る。

 

休日は息子とすごしたいから、

わずかな時間でもすごく大事だと思える。

1時間あれば、息子とキャッチボールができる。

2時間あれば、息子と映画が観られる。

 

だから、時間に余裕をもって洋服を手放すのだとしたら、

リサイクルセンターに持ち込む方法が、今のわたしには合ってるな。

 

洋服を持って行った代わりに、

わたしは時間をもらったようなもの。

エコライフプラザさん、ありがとう!

うさぎ島旅行 〜地図から消された島編〜

うさぎ島は、かつて毒ガス工場があった島。

 

2週間前に行ったうさぎ島(大久野島)旅行のこと、

わずか1泊2日の旅だったのに、

まだ思い出されます。

 

それは、楽しい思い出だけではなく、

この島の暗い歴史も垣間みたから。

 

大久野島には、昭和初期から昭和20年の終戦まで、

毒ガス製造工場がありました。

 

その事実を、行きの船内アナウンスで知りました。

船のエンジン音で、案内の女性の声がとぎれとぎれにしか聴こえない中、

「…今でも後遺症に苦しんでいる方がいます…」

という内容が聞こえたの。

えっ?何のことだろう?

後遺症ということは、何かの毒性物質?

 

その答えは、島に着いてすぐわかりました。

船の発着所からホテルへとつづく道の途中にあった、

レンガ造りの小さな資料館。

それが、毒ガス資料館でした。

 

うさぎを追いかけるのに夢中な息子を手をひっぱって、

もう一方の手には重いスーツケースも引いてたけど、

中に入りました。

小さな展示室ではあったけれど、

見ておいてよかった。

 

毒ガスを作る際に使われた、

陶製の大きな容器や、

全身を覆うゴム製の防護服。

そして、毒ガス兵器の犠牲になった人々の写真…。

 

毒ガスを作るということは、それがどこかで使用されるということ。

また、作る側の人にも、被害が及ぶということ。

 

この小さな島の工場で、

多い時には1000人もの人が働いていたそうです。

 

でも、毒ガスを製造している情報が漏れてはいけない。

その機密保持のために、

当時の地図から大久野島は消されていて、

資料館には、島周辺が不自然に空白になっている地図が展示されていました。

 

資料館を出たあとに、兵器のこと、戦争のこと、

すぐには忘れられなくて、

いろいろ考えながらホテルに向かいました。

15時のチェックインまでかなり時間があったので、

荷物だけクロークにあずけて、島中央の山に息子と登ることにしました。

 

島のあちこちに廃墟があることを、

息子はヒカキンさんの動画で知ってたんだけど、

何の建物だったのかは知らなかったのよね。

 

島に来てみたら、

その廃墟の正体がわかりました。

毒ガスの貯蔵庫や、研究所、火薬庫、砲台、発電所。

 

わたし、ホラー映画は怖くてとても見られない方です。

でも戦争の映像や遺跡については、怖くても見る。

 

だって、これはフィクションではない。

過去に、たしかにそこに人がいた証。

戦争でその人の人生が壊され、

人を傷つけ、自分も傷つき、

多くの命が残酷に奪われた証拠なのだから、

ちゃんと目に焼き付けておかなくては、と思うのです。

 

だって、学校の授業では習わないでしょう。

歴史の先生も、詳しくは教えてくれない。

この場所に足を運ばなければ、この残酷さは伝わらない。

 

日本という国から戦争がなくなってから、

まだ70年ちょっとしかたってないのよね。

わたしたちの祖父母、2世代前は経験したこと。

じゃあ、これから後の2世代、たとえば自分の子どもや孫の世代まで、

戦争がない社会を続けていけるだろうか。

 

戦争を語れる方がいなくなったあと、

どうやって伝えていけばいいんだろう?とよく思います。

わたしも、もちろん戦争を知らない世代。

 

平和に見えるこの国の壮絶な歴史も、

可能な限り知っておきたいと思う。

だって、かつては地図から消されて、なかったことにされてたこの島、

今は実際に存在していて、足を運ぶことができるんだから。

うさぎ島旅行 〜うさぎ編〜

うさぎとふれあいまくった2日間でした。

 

うさぎ島に着くなり、

「全部のうさぎと会う!」と言っていた息子。

出会ううさぎたち、1羽ずつにえさをあげるので、

船からホテルまで徒歩5分の距離なのに、

あっちでうさぎ、こっちでうさぎ、と寄り道して進むので、

チェックインするまで数十分かかりました…。

 

色んな毛並みのうさぎたち。

性格も、好奇心旺盛でどんどん近づいてくるうさぎもいるし、

警戒心が強くてなかなか近寄らないうさぎも。

あ、子うさぎもいたよ!

 

島の中央に小高い山があるので、

登ってみることにしました。

息子はぴょんぴょん駆け上がるけど、

わたしはヒィヒィハァハァ…息があがる〜。

 

頂上に着いたら、アカシアの花が満開!

ここの広場で、1時間ほどバドミントンしました(笑)

途中、うさぎが様子を見に来たよ(笑)

 

自然がいっぱいの大久野島。

山の上からの景色は、

透き通った海や遠くの島々が見えて、美しかったです!

 

宿もよかった!和室10畳のお部屋。

夕ごはんはビュッフェ形式。

菜の花がおいしかった〜!

ここぞとばかりに、サラダもりもり。

ごはん食べてから、

夜もまたうさぎとふれあいに外に行きましたけどね…。

 

息子はクラフトコーナーにも挑戦。

温泉に入ったあとは、部屋でドラえもんDVD鑑賞〜♪

いいねえ、旅行って。

 

はあ、それにしても、

土曜の朝早くに家を出て、

島でうさぎとたっぷり遊んで泊まるなんて、

なんだか信じられない1日でした。

 

わたしは、うさぎが大すき!ってわけではない。

かわいいとは思うけどね。

息子がうれしそうにうさぎとふれあってるのを見て、

ああ、来てよかったなあ、と思うのみ。

 

息子、小動物がすきなんだよなあ。

かわいいものがすきな男の子でよかったと思うよ。

おかげで、うさぎ島に来るという大冒険ができたもんね♪

 

 

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